LOGINクラスのお手伝いも終わり、校内の見回りを始める。 わたしにとって最後の文化祭を惜しんでくれるかのように、例年にも増して声をかけられる生徒会長ゆき。「ゆきちゃん、今年は絶対うちに顔を出してね!」「会長だけの特別メニューを用意してますからね!」「会長が来てくれないと文化祭って感じがしないよ~」 どこに行っても熱烈なアピール。特別メニューを用意してくれているのがお化け屋敷なのがどうにも気になるが。何をするつもりだ。 よし、あそこには決して近づかないようにしよう。 見回りはやがて文化棟に差し掛かる。今年も文化部は中庭を使って展示している部が多いので、賑やかな校内の中で比較的静かな場所だ。 華道部の部室にひっそりと活けられているダリアの花が静かな空間にとてもマッチしていて美しい。これがワビサビってやつなのかな。 ダリアの香りを楽しんでいると背後に不穏な気配を察知した。 こういう時のわたしの反応速度は人智を超えている。油断をしていないわたしの神経は研ぎ澄まされ、人間の反応速度(0.1秒)を超えたまさに刹那(0.018秒)の反応。 脊髄反射とでも言うべき神速で振り返り、不審者の襟を取りそのまま床に引き倒して抑え込む。 この反応速度と神速に対応できる人間はそうそういない。「あいだだだだ! 痛いって! 俺だよ俺!」「オレオレ詐欺なら警察に突き出す」「違うっての! まずは離してくれ~! 腕がもげる!」 危害を加えるつもりはないようなので放してあげた。さて、この後はどうしようか。「不審者として追い出されるのと、通報されるのどっちがいいですか?」「絶対分かってて言ってるだろ! 俺だよ富樫! とーがーしー! りぴーとあふたみー!」「うるさい黙れ」「そんなこと言ってねーよ! ったく相変わらずだよなぁ」 そのセリフ、そっくりそのままお返しします。「で、今日はどんな投げ方を所望ですか?」「もう退場前提で話をするのやめてくんない? 俺が一体何をしたって言うのかな?」 胸に手を当てて聞いてみろ。「しつこいと女の子にモテませんよ」「お前にさえ好かれれば他の女なんてどうでもいいさ」 そういうとこだよ。男相手に何言ってんだ。「あー。じゃあ孤独死決定ですね。ご愁傷様です」「人生に終止符打たれちゃった! そりゃないよ、生涯の伴侶はハニーだけって決めてるん
「それでは本年度、学園文化祭を開始します!」 今年はまともな開幕の放送。 これで最後だと思うと、否が応でも気合が入る。 校内放送を終えて校門へ向かうと、たくさんの人に声をかけられた。「会長、遊びに来たよ!」「会長の有終の美を飾る日、見に来ないわけにはいかないね!」「ステージやるんだろ? 楽しみにしてるよ!」「これで最後なんて寂しいなぁ」 去年、一昨年の卒業生たちが大挙して押し寄せ、それぞれが例外なくわたしの元へ集まってくる。 嬉しいけどすごい塊になってるから散ってください。「わたしはそこら中にいるからまた見かけたら声をかけてね~。ここにいたら入ってくる人の邪魔になるから、散れ~!」 とにかく通行の邪魔になっていたので強制解散。慕ってくれるのは嬉しんだけど、他にもお客さんはいるからね。「あらあら、めんこい子が生徒会長さんだぁね」「あたしの若い頃にそっくりだぁ」「あたしも若い頃は学園のマドンナっていわれてたからねぇ」 マドンナって言葉が年代を感じさせるなぁ。 でもわたしはマドンナじゃなくて男の子なんだけどね。でもみんな可愛くて、こんな歳の取り方を出来たら素敵だなぁ。 でもおばあちゃん達も通行の邪魔になってるからどこうね。 お年寄りは優しく誘導して校内へと案内。いろいろあるから楽しんでね~。「ゆきちゃん遅ーい! もう、何してたの?」「老若男女に捕まってた」「いつもの感じか。それじゃ仕方ないね。ゆきちゃんオールマイティーだし」 その言い方はなんか語弊がないか? さすがに全員恋愛対象ってわけじゃないぞ。「まぁまぁ。そろそろ教室に向かわないとみんなに怒られるよ」 そう言って移動を促してきたのは文香。今年は風紀委員とのローテーションの都合で、開始早々クラスの手伝いに駆り出されてしまった。 何をやってるのかはまだ知らないけど。「それじゃ、最初の見回りは風紀委員の皆さんにお任せして、生徒会の面々はクラスに向かおうか」 文香と穂香、二人を連れて教室へと向かう。今年は変な恰好じゃないといいいなぁ。 教室にたどり着き、そのままバックヤードへ入ったので中で何をやっているのか分からない。「あ! ゆきちゃんおかえりなさ~い! 今年はコンチクショーって言わなかったね!」 それはトラウマになってるので思い出させないでください。黒歴史です。「それじ
少しだけ心の扉を開き、みんなへの正直な想いを語ったあの旅行から数か月。 間近に迎えた文化祭の準備に追われ、わたし達生徒会は多忙な毎日を過ごしていた。 夏休みから引き続き行っていたダンスの練習は大詰めを迎え、もういつでも人前に出せるレベルに来たと思う。あとは細かい部分を微調整すれば完成だ。 クラスでもみんな受験勉強の合間を縫って何やら一生懸命に作り上げている模様。当日はお手伝いをするつもりだけど、何が出来上がっているのか心配な面もある。 体育祭といい、毎年イベントのたびに遊ばれているような気もするからなぁ。 そしてある意味きっぱりと拒否を突きつけた姉妹たちについてなんだけど、ハッキリ言って何も変化がない。 相変わらずのゆきちゃんスキーだし、スキンシップもそのまま。油断すると身の危険を感じるのも相変わらず。主にあか姉が危険。 最悪距離が開いてしまう可能性もあるんじゃないかと思っていたから、以前と変わらず接してくれるのはありがたいんだけど、これで本当に大丈夫なのかと心配にもなってしまう。 ひよりには将来を考えてないように見えるって言われたけど、本当は誰よりも将来を考えてるんだよ。姉妹たちがいつまでも健やかに、心穏やかに過ごしていけるように神経を砕いてる。だからこそわたしの存在感が強すぎてはいけないんだけど。「ゆき~今日の晩御飯なに~? ピーマンは勘弁な~」「ゆきちゃん、今度はこんな編集方法を編み出したんですけど、確認してもらえます?」「ゆき、今夜は寝かさない」「ゆきちゃん! 新しい曲のダンス教えてよ!」 こんな調子で、あいも変わらずわたしを中心に回っている現状。途中でおかしなのが混じってたけど無視。 せっかく意を決して厳しいことを言ったのにこんな調子でいいのかな。あとピーマンはちゃんと食え。「なんだか馬耳東風って感じだなぁ」「誰が馬だコノヤロ」 わかってんじゃねーか。「言いたいことは分かるぞ。でもな、何度も言ってるようにそんな簡単に変わるような気持ちなら、最初から弟を好きになったりしてねーんだよ。人を見る目はあるくせになんで色恋に関しては壊滅的なのかねぇ」 壊滅的って。そこまで?「だけどみんなには悲しい思いをしてほしくないんだよ」「ばっか。誰かに恋をするってことはいいことばっかりじゃねーんだよ。時には傷つき、時には泣いて、酸い
「う~、頭いちゃーい」 ぐわんぐわんと頭の中で鐘が鳴り響く。ついでにちょっと気持ち悪い。 昨日はおいしいジュースを飲んでなんだかいい気分になってたけど、なんでこんなことになってるんだろう。「ゆきちゃん、昨日のことは何も覚えてないんですか?」 かの姉が心配そうに覗き込んできた。姉妹たちはまだ化粧や身支度に勤しんでいる。化粧の必要がない男の子でよかった。 そんなことはない。わたしに忘れるという概念は存在しない。 全部覚えている……けれど、結構まずいことをいってしまったなぁ。わたしを解放してください、か。 わたしはいったい何から解放されたいんだろうか。 みんなからの想い? 決まっているこれからの運命? それとも……この人生全てから?「ゆきちゃん? 具合が悪いならもう少し横になっていていいですよ。着替えだけここに置いておきますから、ゆきちゃんの荷物はこっちでまとめておきますね」 わたしの荷物の中にあるはずの着替えがなんで用意できるんだろう? と思ったら女性用だった。 そう言えば三日分の衣装はみんなで持ってきてるんだったっけ。わたしが用意した服の意味がなかったな。「ゆきちゃんの荷物、わたし達が持ちますからね」 ギクッとした。わたしの荷物……。昨日言ったことの意味も入ってるのかな。「どうしたんですか? その状態じゃ、大きな荷物を抱えるのは大変でしょう? 一人では大変でもみんなで分担すれば軽いものですよ」 穿ち過ぎか。だけど、みんなで分担すれば軽いもの……。 わたしの抱えてるものも、みんなで抱えれば少しは軽くなるのかな。そんなこと、出来るはずもないけれど。「ううん、大丈夫。自分の荷物は自分で持てるよ。それより昨日の後片付けをしないと」「そうやって無理ばかりしなくていいんですよ。甘えられるときは甘えてください。でないとわたし達も寂しくなってしまいます」 そうやってわたしのことで喜びを感じてくれるのは嬉しいんだけど。 どうすればみんなの執着心をわたしから逸らすことが出来るんだろう……。「ゆきちゃん、あなたの抱えているものが何かは分かりませんし、無理に聞こうとは思いませんけど、少しはわたし達のことも信用してはくれませんか?」「ん……」 決してかの姉たちの事を信用していないわけではない。むしろこれ以上ないほどに信頼感を持っている。 だけど
ホテルの部屋でお菓子パーティー。「それじゃ、女子会始めるぞ~」「「「いえーい!」」」 女子会じゃねー! ここに! 男の子が! いますから! 忘れんな!「まぁまぁゆきちゃん、見た目だけの話だから」 そうか、見た目だけならまぁ。 とでも言うと思ったか?「はい、ゆきちゃん」 かの姉にチョコレートを口に放り込まれた。うん、美味しい。「ゆき、餌付け」 違うわ。 まぁ甘いものを食べると大人しくはなるんだけど。これって餌付け? コンビニでかの姉の見つけたフルーツジュースが美味しそうだったので、いろんな味のものを買い込んできた。 わたしが最初に飲んだのはシャインマスカット。渋味のないブドウの味が爽やかで、あっという間に飲み干してしまった。おいちい。 ひよりもいよかんをすっかり飲んでしまっている。そんなに美味しかったのか。柑橘系好きだもんねぇ。 あか姉はパイナップル。普通のジュースなんだけどあか姉が飲むと独特だなぁと思ってしまうのはなんでだろう。 でも不思議なことにこのジュースを飲んでると、塩気の物がほしくなるんだよね。なんでだろ。 梨味のジュースを飲みながらより姉の買ってきたビーフジャーキーをガジガジ。普段はこういうものをあんまり食べないんだけど、体が塩分を欲しているような気がする。「ゆきちゃ~ん、なんだか気持ちよくなってきちゃった~」 そう言ってひよりがしな垂れかかってきた。なんか最近こういうシチュエーションになったことがあるような気もするけど、まぁいいか。楽しいし。 梨味のジュースもすぐに飲み終わり、次に手に取ったのは白桃。桃の味ってなんだか優しくて懐かしい気持ちになるよね。「こんなおいしいジュース初めてかも~。地元にも売ってるのかなぁ」 缶を眺めて商品名を確認。なるほど、日本のプレミアムということで産地の名前が記載されている。わたしが今飲んでる白桃は福島県産なのね。 震災から復興してる街を応援するためにもどんどん飲まないと。「わたしなんだか熱くなってきたかも。少し脱ごうっと」 女装して出かけていたのでインナーに来ていたのはキャミソール。「あははは。男の子なのにキャミソールって! おかしー!」 自分の姿が妙におかしくなってしまい大爆笑。なんだか気分もいいし、下も脱いじゃおう。「あははは! キャミにドロワーって! どこ
「ふわぁ~気持ちいい~」 フラフラのより姉。「あははは! よろこさん酔いすぎです~」 かの姉、あんたもだよ。誰だよろこって。呂律が回ってねー。 わたしがより姉に肩を貸し、かの姉にはあか姉が肩を貸している。ひよりにはお水と万が一に備えてのエチケット袋を用意させてある。「真っすぐ歩け酔っ払いども!」「あたしは真っすぐ歩いてるぞ~。道が曲がりくねってるのが悪いんだぁ」「そうですよねぇ。S字クランクが連続してます~。教習所ですかぁ?」 一般道だよ。道もこれ以上ないくらい真っすぐだよ。 酔っ払いどもをどうにか電車に押し込み、ホッと一息。Suicaくらい自分で出せっての。 電車内は人でごった返している。地元の球団のユニホームやメガホンを持った人が多いのは試合でもあったのかな? そういえば今年は成績が良くて、優勝も視野に入ってるんだっけ。野球はあんまり詳しくないから分かんないけど。「ちょっとより姉。ちゃんと立って。電車内で座り込んだらダメだって」 足に力が入っていないのか、放っておくとずりずりと沈み込んでいってしまう。「ゆき~だっこ~」 人がいっぱいの車内で何言ってんだ。「あれ、YUKIちゃんやん」「ほんまや。生で見たらめっちゃ可愛い」「やっぱり姉ちゃん達と仲ええんやなぁ」「YUKIちゃんって男の娘やろ? ハーレムやん」 ハ、ハーレム!? そ、そんな風に見えるのか? アラブの石油王じゃあるまいし……。「そうかな。どう見ても百合にしか見えやんよ」「確かに! 百合の園やわ」 ですよねぇ。知ってました。「そういやユニバのナイトショーに出てたんやろ? うちも見に行きたかったわぁ」「ほんまに? それは行きたかったな。またやってくれへんのかな」「急遽決まったみたいやし、無理ちゃうかな」 漏れ聞こえてくる情報からすると、先日のナイトショーは結構な評判になっているようだ。 またやって欲しいという声はありがたいけど……。「ゆきちゃんよかったね。好評だったみたいじゃん」「……そうだね。みんなが楽しんでくれたならよかったよ」「また、やりたいんじゃないの?」「ううん、そんなことないよ。あの日一日で十分だよ」 わたしは本当に嘘つきだ。本当はステージに立ってみんなに歌声を届けたい。 だけど、わたしにはその機会は永遠に訪れることはないんだ。「ゆきちゃ
配信が21時開始のため終わった時点ではもうすっかり夜更け。手早く後片付けをしてホテルに戻ろうと準備していたらきらりさんから声をかけられた。「タクシーを手配したから一緒にどうぞ」 同じホテルに帰るのに断るのはあまりに他人行儀すぎると思い、お言葉に甘えて同乗させてもらうことにした。 帰りの車中、今日の感想など語り合いながら楽しく過ごしていたのに、ホテルが近づくにつれ口数が少なくなっていくきらりさん。「さすがにもう眠くなってきましたか?」 疲れたのかなと思ってそう尋ねると、微笑みながら首を横に振る。でもその笑顔は曇っていた。「今日はね、Vtuberをやりだしてから初めて!ってくらい本
きらりさんはわたしが想像していた通り、いやそれ以上に歌声だけじゃなく人間的にも素敵な人だった。他愛もない会話をしているだけでも楽しくて、あっという間に時間は過ぎ去りスタジオ入りの時が迫る。「気持ちの準備は大丈夫?緊張してない?」「はい!程よい緊張感はありますけど、今はそれよりも楽しみっていう気持ちの方が強いですね」「そのへんの舞台度胸はさすがってところだね」 スタジオに到着し、エレベーターでスタジオのある階に上がる。通路の先に構えられた金属製の両開きドアを開けると、そこにはかつての自分を思い出す懐かしい光景が広がっていた。 規模こそ小さいもののカメラや照明などが配置され、各担当の
翌日、週初めの学校では彩坂きらり×YUKIコラボの話題で持ちきりだった。「すごくよかったよね!」「歌も当然だけど2人の掛け合いも息が合っていて面白かった」「ほんとあの2人の歌唱力は抜群だよね」「プロの中でもあの2人より上手い人なんてなかなかいないんじゃないか」聞こえてくるのは好評の声ばかり。少し面映ゆい。「あの2人と同じくらい歌が上手いプロって言えば岸川琴音くらいじゃない?」 その名前を聞いて思わず体がピクリと反応してしまった。幸い誰にも気づかれていなかったけど、懐かしい名前を聞いたもんだ。 岸川琴音。ピーノち
午前中は別の用事で潰れてしまったけど、午後からいよいよ家族そろっての東京観光だ。 まず、東京に来たらここでしょうとばかりに向かうはスカイツリー。新しくできた東京のランドマークと言うことでやっぱり人が多い。人ごみをかき分けるようにして展望台の中でも一番見晴らしがいい場所までたどりついた。「おぉ、たけー」 ……だよね、それ以外に感想なんて浮かばないし。 夜景とかだったらキレイーとかあったかも知れないけど、残念なことに時間は昼でしかも天候もくもりだったのでそんなに遠くの景色まで見えない。富士山も見えない。 それにしても感想が「高い」だけというのも少し感性が低いのかなって不安になる。歌い